数学のホモロジー代数において,分解(
ぶんかい,
英:
resolution)(
あるいは左分解 (
left resolution);
双対の余分解 (
coresolution)
あるいは右分解 (
right resolution))は
加群(
あるいはより
一般に,
アーベル圏の
対象)の
完全列であり,
加群あるいはこの
圏の
対象の構造を
特徴づける不変量を
定義するために用いられる.
通常通り射が
右向きのときは,
列は(
左)分解
については左側に無限で,
右分解
については右側に無限であるとされる.
しかしながら,
有限分解 (
finite resolution) は
列の対象の有限個だけが零でない分解
である.
そのようなものは
通常,(
左分解について)
左端の対象あるいは(
右分解
について)
右端の対象が
零対象である有限完全列によって表される.
一般に,
列の対象は
なんらかの性質 P(
例えば自由である)を
持つよう
制限される.
したがって P 分解が
語られる.
とくに,
任意の加群は
自由分解,
射影分解,
平坦分解をもつ.
それらはそれぞれ自由加群,
射影加群,
平坦加群からなる左分解である.
同様に任意の加群は
単射分解をもつ.
これは単射加群からなる右分解
である.
目次1
加群の分解1.1
定義1.2
自由,
射影,
単射,
平坦分解1.3
次数付き加群と
代数1.4
例2 アーベル圏における分解3
非輪状分解4
関連項目5
脚注6
参考文献7
外部リンク加群の分解定義環 R
上の加群 M が
与えられると,M の
左分解 (
left resolution)(
あるいは単に分解 (
resolution))とは,R
加群の(
無限でもよい)
完全列 ⋯ ⟶
d n +
1 E n ⟶
d n ⋯ ⟶
d 3 E 2 ⟶
d 2 E 1 ⟶
d 1 E 0 ⟶ ϵ M ⟶ 0 {\displaystyle \cdots {\
overset {d_{n+1}}{\longrightarrow }}E_{n}{\
overset {d_{n}}{\longrightarrow }}\cdots {\
overset {d_{3}}{\longrightarrow }}E_{2}{\
overset {d_{2}}{\longrightarrow }}E_{1}{\
overset {d_{1}}{\longrightarrow }}E_{0}{\
overset {\
epsilon }{\longrightarrow }}M\longrightarrow 0}
である.
準同型 di は
境界写像 (
boundary map)
と呼ばれる.
写像 ε は
添加写像 (
augmentation map)
と呼ばれる.
簡明のため,
上の分解は
次のように書ける. E ∙ ⟶ ϵ M ⟶ 0. {\displaystyle E_{\
bullet }{\
overset {\
epsilon }{\longrightarrow }}M\longrightarrow 0.}
双対概念は
右分解 (
right resolution)(
あるいは余分解 (
coresolution),
あるいは単に分解)の
概念である.
具体的には,
環 R
上の加群 M が
与えられると,
右分解とは R
加群の
無限でもよい完全列 0 ⟶ M ⟶ ϵ C 0 ⟶
d 0 C 1 ⟶
d 1 C 2 ⟶
d 2 ⋯ ⟶
d n −
1 C n ⟶
d n ⋯ {\displaystyle 0\longrightarrow M{\
overset {\
epsilon }{\longrightarrow }}C^{0}{\
overset {d^{0}}{\longrightarrow }}C^{1}{\
overset {d^{1}}{\longrightarrow }}C^{2}{\
overset {d^{2}}{\longrightarrow }}\cdots {\
overset {d^{n-1}}{\longrightarrow }}C^{n}{\
overset {d^{n}}{\longrightarrow }}\cdots }
である.
ただし各 Ci は R
加群である(
そのような分解の双対性を示すため分解
における対象や
対象の間の射には
上付きの添え字を使うのが
一般的である).
簡単のため,
上の分解は
以下のように書ける. 0 ⟶ M ⟶ ϵ C ∙ . {\displaystyle 0\longrightarrow M{\
overset {\
epsilon }{\longrightarrow }}C^{\
bullet }.} (
余)分解が
有限 (
finite)
であるとは,
現れる加群のうち有限個だけが零でないことをいう.
有限分解の長さ (
length) は
加群が
非零な
添え字 n の
最大値である.
自由,
射影,
単射,
平坦分解
多くの状況では,
与えられた加群 M を
分解する加群 Ei に
条件が
課される.
例えば,
加群 M の
自由分解は
すべての加群 Ei が
自由 R
加群であるような左分解である.
同様に,
射影分解
あるいは平坦分解は
すべての Ei が
射影加群あるいは平坦加群であるような左分解である.
単射分解は
Ci が
すべて単射加群であるような右分解
である.
すべての R
加群は
自由左分解を
持つ.
したがって当然(
英語版)
任意の加群は
射影分解や
平坦分解も
持つ.
証明の
アイデアは,E0 を M の
元によって生成される自由 R
加群と
定義し,
E1 を
自然な写像 E0 → M の
核の元によって生成される自由 R
加群と
定義し,
……とすることである.
双対的に,
任意の R
加群は
移入分解を
持つ.
射影分解(
そしてより
一般に平坦分解)は
Tor 関手を
計算するのに
使うことができる.
加群 M の
射影分解は
鎖ホモトピー(
英語版)
の違いを除いて一意的である,
すなわち,M の
2つの射影分解 P0 → M と
P1 → M が
与えられると,
それらの間の鎖ホモトピーが存在する.分解は
ホモロジー次元を
定義するために使われる.
加群 M の
有限射影分解の最小の長さはその
射影次元と
呼ばれ,
pd(M) と
表記される.
例えば,
加群の
射影次元が 0
であることと
それが射影加群であることは
同値である.M が
有限射影分解を
持たないときは
射影次元は
無限大である.
例えば,
可換局所環 R
に対して,
射影次元が
有限であることと R が
正則であることは
同値であり,
そのとき射影次元と R の
クルル次元と一致する.
同様に加群に対して 移入次元 id(M) や
平坦次元 fd(M) も
定義される.
移入次元や
射影次元は
右 R
加群の圏上 R の
右大域次元と呼ばれる R の
ホモロジー次元を
定義するために用いられる.
同様に,
平坦次元は
弱大域次元を
定義するために用いられる.
これらの次元の振る舞いは
環の
特徴を反映する.
例えば,
環の
右大域次元が 0
であることと
半単純環であることは
同値であり,
環の
弱大域次元が 0
であることと
フォン・ノイマン正則環であることは
同値である.
次数付き加群と
代数M を
体上次数が
正の元によって生成される次数付き代数上の次数付き加群とする.
すると M は,
自由加群 Ei が
di たちと ε が
次数付き線型写像であるように次数付けられる自由分解を
持つ.
これらの次数付き自由分解の中で,
極小自由分解 (
minimal free resolution) は
各 Ei の
基底元の個数が
極小であるようなものである.
各 Ei の
基底元の個数と
それらの次数は
次数付き加群の
すべての極小自由分解
に対して同じである.I が
体上の多項式環における斉次イデアルであるとき,I
によって定義される射影代数的集合(
英語版)のカステルヌオヴォ・マンフォード
正則性(
英語版)は,I の
極小自由分解
における Ei の
基底元の次数が
すべて r − i
よりも小さいような最小の整数 r
である.
例自由分解の古典的な例は
局所環における正則列あるいは体上有限生成の次数付き代数における斉次正則列のコズュル
複体(
英語版)
によって与えられる.X を
非球面型空間(
英語版)
とする,
すなわちその
普遍被覆 E が
可縮であるとする.
すると E の
すべての特異(
あるいは単体(
英語版))
鎖複体は
環 Z
上だけでなく群環 Z [π1(X)]
上加群 Z の
自由分解
である.
アーベル圏における分解
アーベル圏 A の
対象 M
の分解の
定義は
上と同じであるが,
Ei と
Ci は A の
対象であり,
すべての写像は A の
射である.
射影加群と
単射加群の
類似の概念は
射影的対象と
単射的対象であり,
したがって,
射影分解と
単射分解が
定義される.
しかしながら,
そのような分解は
一般のアーベル圏 A
において存在するとは限らない.A の
すべての対象が
射影(
resp. 単射)分解をもつとき,A は
十分射影的(
resp. 十分入射的)
であるという.
それらが存在するとき
でさえ,
そのような分解
はしばしば
扱うのが
難しい.
例えば,
上で指摘したように,
すべての R
加群は
単射分解を
持つが,
この分解は
関手的ではない,
すなわち,
準同型 M → M′ と
単射分解 0 → M → I ∗ , 0 → M ′ → I ∗ ′ {\displaystyle 0\
to M\
to I_{*},\
quad 0\
to M'\
to I'_{*}} が
与えられたとき, I ∗ {\displaystyle I_{*}} と I ∗ ′ {\displaystyle
I'_{*}}
の間の
写像を
得る関手的方法は
一般には
存在しない.
非輪状分解
多くの場合分解に
現れる対象には
実際には興味はなく,
与えられた関手に対する分解の振る舞いに
興味がある.
したがって,
多くの状況で,
非輪状分解 (
acyclic resolution) の
概念が
使われる:
2つのアーベル圏の間の
左完全関手 F: A → B が
与えられると,A の
対象 M
の分解 0 → M → E 0 →
E 1 →
E 2 → ⋯ {\displaystyle 0\
to M\
to E_{0}\
to E_{1}\
to E_{2}\
to \dotsb } が F
非輪状とは,
導来関手 RiF(
En) が
すべての i > 0 と n ≥ 0
に対して消えることをいう.
双対的に,
左分解が
右完全関手について非輪状とは,その
導来関手が
分解の対象上消えることをいう.
例えば,R
加群 M が
与えられると,
テンソル積 -- ⊗
R M {\displaystyle {\
text{--}}\otimes _{R}M} が
右完全関手 Mod(R) →
Mod(R)
である.
すべての平坦分解はこの
関手について非輪状である.
平坦分解は
すべての M
によるテンソル積に対して非輪状である.
同様に,
すべての関手 Hom(–, M)
に対して非輪状な分解は
射影分解
であり,
関手 Hom(M, –)
に対して非輪状なのは
単射分解
である.
任意の単射(
resp. 射影)分解は
任意の左(
resp. 右)
完全関手に対して F
非輪状である.
非輪状分解の重要性は,(
左完全関手の)
導来関手 RiF(
同様に右完全関手の
導来関手 LiF)が F
非輪状分解のホモロジーから
得られることにある:
対象 M の
非輪状分解 E ∗ {\displaystyle E_{*}} が
与えられると,
R i F ( M ) =
H i F ( E ∗ ) {\displaystyle R_{i}F(M)=H_{i}F(E_{*})} が
成り立つ,
ただし右辺は
複体 F ( E ∗ ) {\displaystyle F(E_{*})} の i
次ホモロジー対象である.この
状況は
多くの状況に
適用できる.
例えば,
可微分多様体 M
上の定数層(
英語版) R
に対して,
滑らかな微分形式の
層 C ∗ ( M ) {\displaystyle {\mathcal {C}}^{*}(M)}
によって分解できる: 0 → R ⊂ C 0 ( M ) →
d C 1 ( M ) → d ⋯ → C
dim M ( M ) → 0. {\displaystyle 0\
to R\
subset {\mathcal {C}}^{0}(M){\stackrel {d}{\
to }}{\mathcal {C}}^{1}(M){\stackrel {d}{\
to }}\
dots \
to {\mathcal {C}}^{\
dim \!M}(M)\
to 0.}
層 C ∗ ( M ) {\displaystyle {\mathcal {C}}^{*}(M)} は
細層であり,
大域切断関手 Γ : F ↦ F ( M ) {\displaystyle \
Gamma \
colon {\mathcal {F}}\mapsto {\mathcal {F}}(M)}
に関して非輪状であることが
知られている.
したがって,
大域切断関手 Γ の
導来関手である層係数コホモロジーは
次のように計算される:
H i ( M , R ) =
H i ( C ∗ ( M ) ) . {\displaystyle \
operatorname {H} ^{i}(M,\mathbf {R} )=\
operatorname {H} ^{i}({\mathcal {C}}^{*}(M)).}
同様に,ゴドマン分解(
英語版)は
大域切断関手に関して非輪状である.
関連項目標準分解(
英語版)ヒルベルト・ブルフの
定理(
英語版)
ヒルベルトのジヂジー
定理(
英語版)
自由表示(
英語版)
脚注^
Jacobson 2009, §6.5 は
coresolution を用いているが,
right resolution の方が,
Weibel 1994,
Chap. 2 にある
ように,
一般的である.^
projective resolution in nLab,
resolution in nLab^
Jacobson 2009, §6.5
参考文献Iain T. Adamson (1972),
Elementary rings and
modules,
University Mathematical Texts,
Oliver and
Boyd,
ISBN 0-05-002192-3
Eisenbud,
David (1995),
Commutative algebra. With
a view toward algebraic geometry,
Graduate Texts in Mathematics,
150,
Berlin,
New York: Springer-Verlag,
ISBN 3-540-94268-8,
MR 1322960, Zbl 0819.13001
Jacobson,
Nathan (2009) ,
Basic algebra II (
Second ed.),
Dover Publications,
ISBN 978-0-486-47187-7
Lang,
Serge (1993),
Algebra (
Third ed.),
Reading,
Mass.: Addison-Wesley
Pub. Co.,
ISBN 978-0-201-55540-0, Zbl 0848.13001
Weibel,
Charles A. (1994),
An introduction to homological algebra,
Cambridge Studies in Advanced Mathematics,
38,
Cambridge University Press,
ISBN 978-0-521-55987-4,
OCLC 36131259, MR1269324
外部リンクSakharov,
Alex;
Weisstein,
Eric W. "
Resolution". MathWorld(
英語). CS1
maint:
Multiple names:
authors listresolution
in nLabProjective and
injective resolutions in nLabconstruction
of an injective resolution - PlanetMath.(
英語)
injective resolution - PlanetMath.(
英語)
flat resolution - PlanetMath.(
英語)
free resolution - PlanetMath.(
英語)
projective resolution - PlanetMath.(
英語)
resolution of a
sheaf - PlanetMath.(
英語)
Govorov, V.E. (2001), "
Resolution",
in Hazewinkel,
Michiel,
Encyclopaedia of Mathematics,
Springer,
ISBN 978-1-55608-010-4 CS1
maint:
Date and
year。